大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和36年(う)342号 判決

控訴人 被告人 大石明

検察官 粂進

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴してある被告人本人作成名義及び弁護人武田博作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるからここにこれを引用する。

一、弁護人の控訴趣意第一点及び第二点並に被告人の控訴趣意第一点中不利益変更禁止規定に違反するとの主張について。

記録を検討するに、松山地方裁判所宇和島支部が被告人に対する有価証券偽造、偽造有価証券行使、詐欺の本件被告事件につき、昭和三四年二月二一日判決の宣告をなしたこと、右判決言渡に当り同裁判所は「被告人を懲役八月に処する」旨宣告したが判決書には「被告人を懲役一年八月に処する」旨記載されていること、右判決に対し被告人及び検察官の双方から適法の控訴申立があつたが検察官の控訴理由とするところは刑の執行中の未決勾留日数を本刑に算入した違法があるというにあり、高松高等裁判所は右検察官の控訴理由を容認した他被告人の控訴趣意とする判決手続の法令違反を理由あるものと認めて原判決を破棄差戻したこと、差戻しを受けた原裁判所が被告人を懲役一年八月に処する旨の判決をしていることが明らかである。凡そ被告人が控訴をし又は被告人のため控訴をした事件については原判決の刑より重い刑を言い渡すことができず差戻後の第一審判決についても同様に解すべきこと所論指摘の通りであるが本件の如く判決書記載の主文と朗読による判決の宣告と一致しない時刑事訴訟法第四〇二条に言う原判決の刑即ち不利益変更禁止を考慮するに際し比較対象される原判決の刑とは何れを指すかそれとも差戻後の原判決が説述している如く比較の対象を欠くに至るかを按ずるに、前控訴審判決が指摘している如き刑の宣告手続が適法になされたという証明がないこと、従つて宣告手続自体に法令違反があるからといつて直ちに判決の言渡迄全然無かつたこと従つて判決が全く不存在となるとか或は判決としての効力が全く発生しなかつたとするいわれはなく、その手続自体に瑕疵ある(さればこそ破棄差戻の理由となつた)にもせよ、判決としての効力を発生したことはこれを認めざるを得ないのであつて、不利益変更禁止の適用上比較の対象たる原判決の刑がないとの立論には到底左袒し難く、そもそも不利益変更禁止の原則は被告人側のした上訴の結果却つて原判決より重い刑を言渡され、上訴せず確定した場合より被告人に不利益な結果をもたらさないようにとの趣旨のものと解せられるところ、言い渡した刑とその判決書の記載とが異なるにもかかわらずその侭判決が確定したときはその刑の執行は言渡刑によるべきこと(東京高等裁判所昭和三〇年六月一〇日第九刑事部決定参照)より考えれば、刑事訴訟法第四〇二条に言う原判決の刑とは正に判決書に記載された刑ではなくして言渡された刑を意味するものと解すべく此の点に関する所論は正当であるとしなければならない。然しながら本件においては前記認定の通り被告人からのみならず検察官からも控訴がありその控訴が理由があるものとして破棄差戻されているから、そもそも不利益変更禁止に関する刑事訴訟法第四〇二条の規定は適用がないものと言わねばならない。蓋し不利益変更禁止の原則は被告人側のした上訴の結果却つて被告人に不利益な結果を来すようなことがあつては被告人側の上訴権の行使を躊躇せしめるおそれがあることを慮つて採用せられたものであると解すべきところ(最高裁判所昭和二七年一二月二四日大法廷判決参照)、一旦検察官の控訴があれば被告人は自己の控訴の有無にかかわらず既に原判決の刑より重い刑を言渡される危険にさらされている以上、自己の控訴によつて不利益を受けることを惧れてその控訴権の潤達な行使を躊躇する余地はないものと言わなければならないからである。尤も本件において差戻前の第一審判決に対する検察官の控訴理由としたところは前示の通り「刑の執行中の未決勾留日数を本刑に算入した」違法があるというにあるが、控訴裁判所は検察官の控訴理由の内容如何を問わずその控訴理由が理由ある限り控訴趣意書に包含されていない刑の量定についても職権で調査しその不当であることを理由として原判決を破棄し原判決の刑よりも重い刑の言渡をすることを妨げないものと解すべく、刑事訴訟法第四〇二条も亦その文言上唯「被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件」というのみであつて検察官の控訴理由の内容如何によつてその適用の有無を決する趣旨の文言はないのである。即ち被告人及び検察官が各控訴をし検察官の控訴が理由がある限り検察官の控訴理由の内容如何にかかわらず、右は「被告人及び検察官が各控訴をした事件」であつて既に刑事訴訟法第四〇二条の要件を欠くに至り、到底その適用の余地はないと言うべく、所詮結論において原判決には違法なく論旨は理由がない。

一、弁護人の控訴趣意第三点及び被告人の控訴趣意第二点について、

凡そ刑事訴訟法第四九五条によれば被告人及び検察官の控訴申立による破棄差戻後の判決に対し被告人が控訴を申立てた本件の場合において差戻前の第一審判決のあつた日から差戻後の第一審判決に対し被告人が控訴の申立をした日迄の未決勾留日数(但し懲役刑の執行と未決勾留とが重複して行なわれた部分は除かれること言う迄もない)は法定通算されるものと解されるから、これについて何等の考慮を払わなかつたと非難するのは当らないと言うべく、論旨は既に前提を誤つているもので理由がないというべきである。

一、被告人の控訴趣意第三点事実誤認の主張について。

記録を精査するに、論旨が誤認を主張する原判示第一、第二、第四の各事実はいずれもすべて差戻前の第一審公判廷において被告人が自認しているところであるのみならず原判決挙示の証拠を綜合して十分肯認できるから原判決には何等の事実誤認も採証法則の違法もない。論旨は理由がない。

一、被告人の控訴趣意第四点量刑不当の主張について。

記録を精査するに、被告人の前科経歴本件各犯行の罪質、態様、本件犯行によつて得た被告人の利得の額、犯後の情況等一切の事情を考慮すれば、被告人に対し原判決程度の科刑をするのは又止むを得ないところであつて所論の点を勘案しても更にこれを減ずるの要を認めない。論旨は理由がない。

一、その他被告人の主張するところは多くは事情の陳述や差戻前の第一審判決を非難攻撃しているもの等であつて到底採用の限りでない。

よつて本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三九六条により主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 三野盛一 裁判官 木原繁季 裁判官 伊東正七郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例